

1974年に、東京で集まった有志たちは岐阜県高山市に移り、農家の納屋を借りて家具造りを始めました。
「飛騨の匠」で有名な職人達に木工を学び、自給自足の工芸村を目指して挑んだものの、そう簡単にはいかず、試行錯誤の繰り返し。荒れ地を整えながら、家具を造り、農業も試し、失敗しては新たな試みに取り組む。失敗を恐れることなく、毎日が新たな冒険でした。
農家の納屋で出発した当初から、地球の未来を考えることは我々の哲学の中心にありました。人類が環境と共生し、更には進化する、持続可能な社会の在り方を提言し続けています。
高山市郊外の農家の納屋を拠点に、ナラ材を主体とした受注生産の家具工房としてスタート。



対外的な交流の第一歩として一般の人たちにも木工の楽しさを伝えていく。
書店という不似合いな場所で家具の展示をしたいという想いが紀伊國屋書店の重役に面白がられて展示会を開催することに。1週間の期間中に、展示した家具を全て完売。さらに3年先までの受注を受ける。


永六輔さんを中心に音楽家や芸能人の方々を招き”夏祭り”を始める。地元の人たちとの交流の場ともなり、その後25年続いた。

木の文化のプロフェッショナルの担い手としての後継者育成を目的とした木の総合教育機関を創設。
創設20周年を記念し、本拠地敷地内に工芸美術館であり自然博物館でもある新しいスタイルの博物館を開館。ショールームと喫茶も同時オープン。

新宿紀伊國屋書店8階の拡張されたスペースにショールームを移設。
新しく開店したJR名古屋駅併設の高島屋9階にショースペースを開設。
表参道スパイラルガーデンにて「緑の国へ」と題し、3月11日の震災からいかに日本が復興し新たな未来を築くことができるかを提案。中でもプレハブ仮設住宅に対する新たな「復興住宅」として提案した「合掌の家」は注目を浴びる。



本拠地を岐阜県大野郡清見村(現・高山市清見町)の現在地に移す。自給自足を目指し、農業も手がけるが悪戦苦闘の末断念。「木」という再生可能資源を使い、日本の伝統工芸である木工を駆使して品質の高い木製品を造ることに専念。
新宿紀伊國屋書店4階に小さなショースペースを開設。首都圏に向けての発信の拠点とする。


生態系の回復と環境教育の実践を目指し、市民参加型の広葉樹の植林・育林活動に力を入れ始める。

それまで本拠地敷地内の様々な建物を手掛けていたが、設計・施行の体制を確立させ、本格的なオークヴィレッジ建築部が始動する。

設計・施行の体制が確立し、本格的なオークヴィレッジ建築部が始動する。
大阪・阪急うめだ本店にショースペースを開設し、関西圏の情報発信の拠点となる。

四半世紀に渡る活動の節目としてオークヴィレッジが欧州デビューを果たす。
30周年を記念して新宿高島屋にて永六輔さん、浅葉克己さん、おすぎとピーコさん、林永哲さんをお招きし、トークショーを開催。これを機に浅葉克己さんデザインの新たなロゴも披露。

